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Sep.2024

vol.06

仕事のおとも

ELFFAN WEB vol.06

視界をクリアに!メガネの進化


何世紀にも渡って改良が重ねられ現在の姿に

メガネは視力を補う重要なアイテム。それだけに運転中はもちろん、起きてから寝るまで手放せない方は多いと思います。そんな生活の相棒「メガネ」はいったいどのように誕生したのでしょうか。
大きくはレンズとフレームに分かれるメガネですが、レンズ自体はすでに紀元前3世紀頃にありました。その時代のレンズは太陽の光を集めて火を起こすためのものだったようです。

視力を補う目的としてレンズが使われるようになったのは10世紀頃で、13世紀になるとヨーロッパの僧院ではレンズをルーペのように使っていたといわれています。
14世紀になると、イタリアのベネチアでレンズ用のガラスが製造されるようになります。ベネチアでレンズ作りが盛んになったのは、透明度の高いガラスである「ベネチアンガラス」を作る技術があったからだといわれています。

初期のメガネは手に持つか鼻の上に乗せて使用していたため、長時間使うのは不便だったそうです。
15世紀半ばになると活版印刷が発明され聖書が普及し、聖書をはじめ一般の人が読書をするようになったことでメガネを求める人が急増。その頃から本格的なメガネの生産がはじまり、ヨーロッパ各地に広まったと考えられています。

フランシスコ・ザビエルが伝えた!?

日本にメガネを伝えたのは、キリスト教を布教したことでも知られるフランシスコ・ザビエルといわれています。1549年に来日した際、周防(山口県)の大名であった大内義隆にプレゼントしたことがはじまりです。またその数年後、織田信長はフランシスコ・ガブラルという宣教師の近視用メガネを見て驚いたと伝えられています。

1730年頃、ロンドンのメガネ店で耳にかけるメガネの原型が発明されました。しっかり耳に固定できる現在のようなカタチのメガネは1800年頃に登場したといわれています。また、メガネは男性のものというイメージが強かったものの、柄付きメガネや折りたたみメガネなど、デザイン性の高いメガネが現れたことで女性の間でも広まっていきました。

鯖江がメガネの一大生産地になった理由とは

国内でメガネの本格生産がはじまったのは、明治時代に入ってからです。朝倉松五郎という人物がウィーンで開かれた万国博覧会でレンズの研磨技術を学び、日本に持ち帰ったことでメガネづくりが盛んになりました。
今や世界最高峰の技術力・開発力・品質力を誇るのが「鯖江のめがね」です。
鯖江市は冬の間は雪深く、経済的に苦しい生活を強いられていました。そこで増永五左衛門と弟の幸八は、冬の農閑期でも収入が得られるよう1905年に大阪からメガネ職人を招いてメガネづくりを開始したのです。

優れた人材の採用や職人たちの熱意を引き上げた「帳場制」という画期的な製造体制の導入により、福井のメガネの品質は飛躍的な向上を遂げました。いまや国内で流通しているメガネフレームの9割以上、世界では約2割が鯖江で生産されており、イタリアのベッルーノ、中国の深圳と並び「世界三大メガネ産地」と称されています。「国産のメガネの祖」と呼ばれる増永五左衛門が創業した「MASUNAGA」は老舗メガネブランドとして業界を牽引しています。
また、鯖江では近年も新しいメガネブランドが生まれており、1989年には高級ラインの「MATSUDA」が、1995年にはデザイン性と機能性を両立した「999.9(フォーナインズ)」が誕生。さらに2010年には、鯖江でメガネづくりを学んだ職人が「ayame」を立ち上げ、おしゃれなメガネブランドとして注目を浴びています。

運転にはクリアな視界が欠かせません。視力を補う必要のある方にとって、メガネは欠かせない体の一部といえます。これからも相棒であるメガネと快適に過ごせるよう、レンズの度数やフィッティングなどを改めてチェックしてみてはいかがでしょうか。

大人の趣味時間

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秋の風物詩 おいしい焼き芋を食べよう!


実はビタミンCが豊富なサツマイモ

実りの季節。スーパーにはさまざまな旬の食材が並びますが、みなさんは秋の味覚といえばどんな食べ物を思い浮かべますか?栗やぶどう、サンマやきのこなど、秋は特にたくさんの食べ物が思い浮かぶと思います。今回は秋の味覚の代表格「焼き芋」についてご紹介します。

焼き芋は栄養価が高く、特に食物繊維、ビタミンC、ビタミンE、ビタミンB6、葉酸、パントテン酸、カリウム、銅などが多く含まれています。中でも注目すべきはビタミンCで、サツマイモはイモ類の中でトップの含有量です。一般的にビタミンCは熱に弱く加熱調理で壊れてしまいますが、サツマイモのビタミンCはデンプンに守られていて加熱しても壊れにくい特徴があります。

サツマイモはメキシコを中心とする中南米が原産です。インドや東南アジア、アフリカのような温暖な地がサツマイモ栽培に適しており、そうした地域から世界へと広まっていきました。15世紀の終わり頃にコロンブスがヨーロッパへ持ち帰ったところ、涼しい気候が栽培に適さず定着しなかったといわれています。
日本には1597年に宮古島に入ったのが最初とされていて、中国から伝来したので「唐芋」(からいも)あるいは中国と同じ呼び名で「甘藷」(かんしょ)とも呼ばれていました。その後薩摩全域で栽培されたことからサツマイモと呼ばれるようになりました。

石焼き芋はなぜ甘くなるのか?

江戸時代の中頃になると関東でも栽培されるようになり、庶民の食べ物の中で数少ない甘い物であったことから大ブームに。その人気ぶりは歌川国貞の浮世絵に描かれています。

明治時代には焼き芋の専門店まで登場しましたが、関東大震災後後の東京では洋菓子や大学芋などが好まれるようになり人気が徐々に低下。さらに第二次世界大戦になると、焼き芋店はほとんど姿を消してしまいました。

戦後の東京では、移動販売の「石焼き芋」が登場します。石で焼いたサツマイモの甘味や旨味は格別ですが、そのおいしさのヒミツは石から放射される遠赤外線です。遠赤外線によってゆっくり加熱することで甘味や旨味が引き出され、おいしい焼き芋が出来上がるのです。

品種改良によって味も食感も進化中

1970年の大阪万博をきっかけにファストフードが普及し石焼き芋ブームは収束していきましたが、サツマイモの品種改良が進み、2003年に静岡のスーパーでオーブンを使った焼き芋の販売が始まったことをきっかけに再び注目を集めるようになりました。

そして最近では焼き芋のイベントが各地でおこなわれるようになり、今年1月〜3月には東京、埼玉、静岡、大阪、福岡などで開催されました。

またこの11月にも予定されていて、神奈川で開催される「さつまいも博」では、全国から選りすぐりの店舗が参加して全国No.1の焼き芋屋を決定!関西で予定されている「おいもEXPO」では、芋を使ったさまざまな料理が登場します。

これらのイベントでは、変わり種の焼き芋が数多くお目見え。たとえば焼き芋をハンバーグに見立ててパンケーキでサンドした「御芋バーガーセット」や、焼き芋とスパイスカレーを組み合わせた「バター焼き芋カレー」、今川焼きのように芋の餡を詰め込んだ「芋川焼き」など、ありそうでなかったものから斬新なものまでさまざまです。

また焼き芋といえば「ホクホク」の食感が魅力の1つですが、最近の焼き芋ブームではホクホクだけではなく、しっとりやねっとりなど新たな焼き芋の魅力が登場しています。

〇紅はるか 2007年公表
しっとりした食感と糖度の高さが特徴。

〇シルクスイート 2013年公表
シルクのようになめらかに焼き上がり、ほどよい甘さ。

〇すずほっくり 2016年公表
ほくほくした食感で、上品な甘さ。

サツマイモはこれから収穫シーズンに突入し、旬を迎えます。甘くておいしい、しかも栄養豊富な焼き芋を食べて、秋を満喫してみてはいかがでしょうか。

日本の美しさ再発見の旅

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佐賀で楽しむ! 秋ならではの旅


北は玄界灘に面し、南は有明海に面している佐賀県。吉野ヶ里遺跡や武雄温泉など県内にはさまざまな観光地がありますが、今回は秋だからこそ楽しめるイベントや食事などについてご紹介します。

秋の大空に一斉に舞い上がる姿は圧巻

佐賀市の秋の風物詩として知られているのが「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」です。1980年から始まったこの大会は、その名の通り国際的な熱気球大会でアジア最大級と称されています。
例年10月下旬から11月上旬までの5日間で開催されるこの大会では、さまざまな競技がおこなわれます。スタート地点から一斉に気球が舞い上がる様子は壮大で、大会の見せ場の1つです。

競技はターゲットと呼ばれるゴールに、マーカーである砂袋を投下し、どれだけターゲットに近づけたかを競います。操縦桿などのない気球を、風を利用しながらうまく操り、地面ぎりぎりまでバルーンが近づく姿はとても迫力があります。

期間中は毎日「バルーンファンタジア」が開催されていて、有名キャラクターや動物などのバルーンが集結。1日だけ設けられているキッズデーには佐賀市内の保育園と幼稚園からたくさんの子どもたちが訪れ、会場を和ませます。
そして大会のラスト2日間の夜は、音楽に合わせてバルーンを照らす夜間係留(ラ・モンゴルフィエ・ノクチューン)が行われます。バルーンの幻想的な光が辺りを包み感動のフィナーレを迎えます。

秋にひまわり? 山田地区で見られるめずらしい風景

ひまわりといえば夏の花のイメージですが、みやき町北部の山田地区では11月から1ヵ月間、秋に咲くひまわりを眺めることができます。鷹取山のハゼの紅葉と大輪の花を咲かせるひまわりとのコントラストは美しく「佐賀県遺産」にも認定されています。多少雪が降っても枯れないため運がよければ雪をかぶった「雪のひまわり」を見ることができます。

有田焼で有名な有田町は日本の磁器発祥の地

佐賀といえば、忘れてはならないのが「有田焼」です。有田焼とは日本初の磁器で、透明感のある白磁(はくじ)に藍色の染付や鮮やかな赤絵が特徴です。
江戸時代には「伊万里焼」 「肥前焼」とも呼ばれていましたが、明治時代以降に有田焼という名が定着。現在では日本の磁器発祥の地である佐賀県西松浦郡有田町とその周辺でつくられる磁器を有田焼といいます。
町には陶芸を体験できる工房がいくつもあり、たとえばロクロを回して青磁の器をつくることができたり、下絵付けや手びねりロクロ体験をすることが可能です。

有田焼を購入できる窯元は点在していて、赤絵の技法を開発した歴史ある窯や世界的なデザインオフィスとコラボした器も展開する窯、明治期に建てられたショールームにモダンな器が並ぶ店舗など多彩です。11月下旬には「第20回 秋の有田陶磁器まつり」が開催されます。磁器原料の採石場や薪窯が特別に公開されるほか、飲食店では期間限定のメニューが提供されるなど、町内各所でさまざまなイベントが開催され、期間中に約14万人が訪れた年もあります。

おいしいグルメでおなかを満たそう

ご当地グルメに舌鼓を打つのも旅の醍醐味です。佐賀であれば「呼子のイカ」 「シシリアンライス」 「竹崎カニ」などがおすすめです。呼子(よぶこ)とは唐津市にある港町のことで、ここで獲れるイカは「呼子のイカ」として人々を魅了しています。透き通った身とコリコリした食感を求め、5000人ほどの小さな町に毎年大勢の観光客が訪れます。

佐賀のレストランや喫茶店などで味わえるシシリアンライスは、ごはんの上に炒めたお肉のほかトマトやレタスなどの野菜を乗せマヨネーズなどで味付けした料理です。昭和50年頃に登場して以来、地元の人に愛されています。

佐賀県太良町の竹崎地区で獲れるワタリガニは「竹崎カニ」と呼ばれていて、1年中味わうことができます。夏場は大ぶりでさっぱりとした旨味のオスガニが、冬場は濃厚なメスガニが旬を迎えます。また9月〜10月は「脱皮カニ」を味わうこともできます。脱皮カニの殻は柔らかく、唐揚げにすると、ふっくらした身とジューシーさが味わえます。

秋ならではの楽しみがたくさんある佐賀県。ぜひ一度、訪れてみてはいかがでしょうか。

小耳ネタ・マルシェ

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あの徳川家康も取り入れていた?意外と身近な風水


風水をもとにおこなわれた江戸の町づくり

風水というと吉凶判断のイメージが強いかもしれませんが、本来は約5000年前に中国で誕生した環境学問です。よい土地を見つけて家やお墓を建てたり、まちづくりや国づくりに活かしたりと、自然の環境をうまく活用するものとして体系化されました。
中国の歴史上、栄えた都市の多くは風水をベースにしているといわれ、諸葛孔明をはじめとする高名な軍師たちも風水を駆使していたようです。

一方、日本には古来から家の隆盛や間取りの良し悪しを見定める「家相」がありました。中国から伝わった風水と日本の「家相」が混ざり合って、吉凶判断に重きを置いた日本版風水になったと考えられています。
また、日本に風水が伝わったとされているのは602年頃で、風水を知った聖徳太子は本場である中国 福建省に遣いを出すほど虜になったといわれています。
藤原京、平城京、平安京などは風水をもとに遷都がおこなわれましたが、風水を使わずに造営した長岡京は災害が多く、わずか10年で遷都されてしまう短命な都でした。

また、かの徳川家康も風水を取り入れ、風水師でもあった天台宗の天海大僧正(てんかいだいそうじょう)のアドバイスをもとに江戸の町を開発していきました。かつての江戸城は北側に山、南側に平地と川が広がっていて、これは「背山面水」(はいざんめんすい)という風水の理想的な地形でした。

また、家康の墓は家康自身の遺命により江戸の真北に位置する日光に設けられました。この家康の墓こそが風水を用いて建立された日光東照宮です。徳川政権が長く続いたのも家康が死後に朝廷から「東照大権現」の神号が送られ神格化したことにより、霊験あらたかな家康が祀られている日光東照宮の影響で江戸の町が守られているからだと、当時の江戸町民から現代まで広く信じられてきました。事実江戸幕府は約260年続き、その間は戦乱に巻き込まれることはありませんでした。

風水の要「玄関」意識するべきこととは?

風水において非常に重視されているのが「玄関」です。玄関にはよい気も悪い気もすべて入ってくると考えられていますので、これから風水を取り入れたいという方はまずは玄関を意識するとよいでしょう。

玄関マットを敷く
家のなかに厄を持ち込むのを防ぐ役目があるとされるのが、玄関マットです。色も重要で、厄落としに有効なのが「ラベンダー」、金運アップを目指すなら「黄色」がよいといわれています。玄関マットを置くだけのため、簡単に取り入れることができます。

靴は1人1足まで
ゴミやほこりには悪い気がたまるとされていますので、風水では清潔な環境を保つことが基本です。そのため玄関にはゴミや砂などがないよう掃除を心がけるとよいほか、靴もすべて収納したほうがよいとされています。しかし、現実的にそれが難しい場合は、出しておく靴は1人につき1足までであれば問題ないとする見方もあります。

香りで運気を上げる
悪臭は運気を下げるため、においの原因になるものは玄関に置かないほか、反対に備長炭など消臭効果があるものは置いておくとよいといわれています。またいい香りは邪気を払うと考えられているため、エッセンシャルオイルを置いたり生花を飾ったりするのもおすすめです。

ほかにもトライしてみよう! 開運のための風水

枕の方角を意識する
人は眠っているときに悪い気を吐き出し、よい気を取り込むと考えられています。また風水では方位によって運気が変わるほか、気は北から南に流れると考えられています。そのため気をしっかり取り込むには「北枕」がよいとされ、特に金運や健康運に効果があるようです。

窓を開ける
朝の5時〜7時は特に気のパワーが強いとされています。この時間に窓を開け放って換気をおこなえば、悪い気を追い出してよい気を呼び込むことができます。またご縁は風によって運ばれると風水では考えられているため、風を取り込めばよいご縁に恵まれるようになるかもしれません。

水まわりをキレイに保つ
よい気はキレイな場所、キレイな家に集まると風水では考えられています。なかでも水まわりは「水龍」の通り道であり、金運に関係するとも。シンクの水滴は拭き取る、顔を洗ったら洗面を掃除する、トイレは毎日掃除するなど、水まわりの清潔感には特にこだわってみましょう。

歴史上の偉人も活用していた風水。適度に取り入れることで、気のめぐりがよくなり心穏やかになるかもしれません。まずはできそうなことからはじめてみてはいかがでしょうか。

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